期待され求められている「私」をいつまで演じるか。

admin じぶんデトックス

職場での私や友人の前での私、家族の前での私。

 

人はみんな様々な「私」を持っていますよね。それが当たり前だし、その「私」に求められている役割を演じることでやっていける部分がある。

 

でも、その「私」が本来の自分と大きくかけ離れてしまっていたら。その「私」を守るために自分を犠牲にすることが当たり前になっていたら。それって本当に苦しいことですよね。

 

あれ?本当は苦しいのかも。

先日、あったかいダウンを購入しました。

 

じぶんデトックス後、役目を終えた先代ダウンを手放してはや数年。

着たいと思えるダウンに出会えなくてずっと購入していなかったのですが、この度やっと「これ着たい!」というダウンに出会えたので購入しました。

購入した日はトレンチコートを着ていたんですけどね、ダウンを試着をした時にびっくりしたんですよ。

なんだこの軽さは……!

 

製品が違うので重量も違って当たり前なんですが……重いな、肩が凝るな、と思う服を当たり前に身にまとっていた自分に驚いたんです。

ダウンという今までと違う選択肢を選んだからこそ気付けたんですよね、「本当は重いぞ」「あれ、なんか苦しいぞ」という事実に。

ちなみに苦しかった原因は、重ね着のしすぎです。寒かったんです。

 

「当たり前」になっていると違和感に気付けない

ダウンを試着して、再びトレンチコートに袖を通した時に思ったんです。

ああ、ここにまた戻るのか……って。

大好きなトレンチコートにこんな想いを抱いたことにこれまたびっくり。

なんでこの話をしたかというと、職場や友人の前や家庭で見せている「私」も同じなんですよね。

求められている「私」や期待されている「私」を生きる、って当たり前のこと。

ただ、本当は苦しいのに、本当はしんどいのに、本来の自分とはすでにかけ離れているのに、その「私」を生き続けるってしんどいんですよね。

 

期待されている以上、やらなければならない。

求められている以上、頑張らなければならない。

 

そりゃそうなんでしょう、大人なんだから。

いいんです、それが幸せなら。

でも、この生き方続けられますか?と自分に問うてみた時に、自信を持ってはい!と返事ができないのなら、きっと想像している以上に自分に無理をさせているんです。

我慢強いから、頑張れちゃうんですよね。

 

今に幸せを感じられないのなら、どこかでその殻を破っていかないといつまで経ってもしんどいままなんです。

 

まずは違和感に気付き知るところから始めよう

今までつくりあげてきた「私」を手放すなんて、簡単ではありません。

頑張ってきたし、もったいないと思うし、もう同じ立場や収入、人間関係は手に入らないかもしれない。

そんなリスクを考えると、変わろうとするよりも今までの私を生き続ける方がよっぽど楽でしょう。

でも、違和感があるのならそれはSOSのサインです。

 

何に違和感を抱いているのか?

その違和感をどうしてあげたら、今より楽になるのか?

 

ちょっと立ち止まって考えてみるだけでも楽になるんですよね。

 

トレンチコートだけじゃなくて、ダウンという選択肢もあるように、今までの私のまま生きる以外にももっと楽な生き方があるのだから。

選べるし、変えていい。

幸せを感じる生き方を選べる自分でありたいですね。

 

 

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